旧東海道の池鯉鮒宿(知立)と鳴海宿の合宿として、開村されたところで、有松絞りとともに繁栄した。現在の町並みは天明の大火(1784年)後の復興で、街道沿いの家は瓦葺き、塗眥造りの防火構造に改められ、二階には虫籠窓を設け、腰壁をなまこ壁にするなど、今もその景観を残している。道路がゆるやかに湾曲し、家並みの続く景観はすばらしく、町歩きを楽しむ観光客も多く、古い建物を利用した飲食店や土産物屋も営まれている。
町並み保存発祥の地ともいえ、1973(S48)年には「有松まちづくりの会」が発足し、今では約200名の会員が活動している。行政としては、伝統建造物の修理、修景などに助成を行うとともに、道路整備を行うなどしている。また、地区内の電柱は茶色に塗られ、町並みにとけ込むよう配慮されている。地区内には有松鳴海絞会館が1984(S59)年3月に建設され、絞り技法、資料の保存と展示を行っている。この建物に隣接する碧海信用金庫有松支店は町並みと調和するような建物に建て替えられ、両者の建物は1985(S60)年度の名古屋市都市景観賞を受賞している。さらに1988(S63)年には山車会館が建設され、貴重な文化財である山車の常設展示が行われている。また、江戸時代の町並みに近代建築の郵便局もみられ、個性ある町並みを形成している。
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