住環境マネジメント研究の第一人者である齊藤先生がその研究をはじめるきっかけとなったという桜ヶ丘ハイツ。その1つ桂ヶ丘は2011年度の住まいのまちなみ優秀賞を受賞した。これまでにも何度か見学会で訪問したり、話を伺ったりしたことがあったが、5月の見学会、7月の勉強会でまちづくり協議会の河崎氏と名城大の海道先生にお話を伺い、改めて桜ヶ丘ハイツが、その先進性とともに様々な課題を有することを実感した。すでに多くの人が指摘していることも含め、感じた点を整理してみたい。
何故、桜ヶ丘ハイツがこれほど豊かな景観を有するまちとなったのか。
開発主体である不二企業(伊藤富士丸オーナー)が高い志を持って開発したということが一番の要因のようであるが、価格が安い時に土地を取得し、名古屋圏で最も住宅需要が旺盛だった時期に住宅販売を行ったという「時期に恵まれた」というのが背景にありそうだ。
しかし、バブルが崩壊するとこの図式がうまくいかず、不二企業は破たんしてしまう。が、そのことによって桂ヶ丘の土地が安く売り出され、若者世帯の入居を可能とした。一番、最初に開発された桜ヶ丘団地では「景観がよい」を団地選定の理由にあげた人が最も多く、まちそのものに価値を感じた人々が移住してきた。が90年代後半に人口のピークを迎え、多くの郊外団地と同様、人口減少・高齢化が大きな問題となる。やや遅れて開発された皐ヶ丘も人口減少が始まっているが、90年代後半から現在も宅地販売が続いている桂ヶ丘では人口増加が続いているのだ。
このようの桜ヶ丘ハイツでは異なる特徴を持つ3つの住区から構成され、一律の高齢化という課題を抱える多くの郊外団地とは異なる様相を持つ。その3つが自治会連合を形成し、地区計画の策定など共同した取組みを行っていることが、その経験に学びながら多様な人々の参画による様々な取組みの展開につながっていそうだ。
自治会にはすべての住民が順番で役職につく。この仕組みが、住民がまちに関心を持つきかっけになり、様々なまちづくり活動への参加につながっているという。また、桂ヶ丘では桜ヶ丘から移ってきたという世帯が1割以上あり、地域内での住み替えが行われている。様々な理由から長い時間かけて形成されてきたことが、桜ヶ丘ハイツを持続可能なまちとする条件を生み出してきたといえるのではないだろうか。
桜ヶ丘ハイツでは、不二企業の破たんによって頓挫していた欅ヶ丘が新たな開発の局面を迎えようとする一方、最も古い桜ヶ丘団地では駐車場の増設による街並みの改変によって、美しい街並み景観が失われるという状況も生まれている。
当初、桜ヶ丘地区の課題は豊かな基盤をベースとして、変わりつつある街並みの改変をどう食い止めるのかという点にあると思っていたが、街並みの現状をみてみると、そんな単純な話ばかりではなさそうだ。豊かすぎる公共空間をどううまく活用していけばよいか。公共空間の再編というのも大きなテーマになるのではないだろうか。
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