今、白壁地区は変わりつつある。それには二つの意味があって、一つは空間的に、一つは住民意識的に。前者は、高級分譲マンションの建設が目立っていることである。
バブル崩壊により大幅に地価が下落して、取得しやすい分譲価格帯を設定しやすくなったことと人口の都心回帰がその背景にある。マンションメーカーが購入者の需要喚起のために、白壁地区の良さを訴えるコピーは「幾多の時代を超えて、今もなお色褪せることのない気品と風格」である。大きな敷地に門と塀、そして見越しの樹木のある屋敷が存在してこそ、その「気品と風格」が保たれるのだが、マンションが屋敷にとって変わることによって、「気品と風格」は食いつぶされていくことになる。後者は、このような白壁地区の空間変容に対して、地区に住む住民の方々が危機感を持ち、「『白壁・主税・橦木 町並み保存地区』の住環境を考える会」を立ち上げたことである。会の設立に先立って、住民へのアンケート調査を「有志の会」が実施したが、それによると、「都心近くにありながら、門や土塀を持つ歴史的建造物が連なる落ち着いた静閑な住環境を地区の魅力(あるいは特色)と評価しているが、最近町の雰囲気も変化していると感じ、この白壁地区の魅力(特色)を守り育てるべく、多少資産価値が下がってもこの環境悪化を防いでいきたい」という考え方を有していることが概ね明らかとなった。
丁度その頃、一冊の本が上梓された。西尾典裕氏による「東区橦木町界隈」(健友館
1,500円)である(正文館本店の文芸分野の売上第1位で、すぐさま二刷となった)。この本は「界隈」にあった建造物にまつわる政財界人の物語を掘り起こしたものである。豊田利三郎邸、矢田績邸、橦木館、栄光館………。建造物に関心のある人は限定されるが、そこで生活していた人々の物語があると、一気に多くの人々の関心を呼ぶことになる。空間と物語が一対となってこそ、界隈の価値が高まる。
この白壁の町並みを将来にわたって、いかに守っていくのかは、名古屋の民度の試金石ではないかと思っている。無関心では乗り越えられない壁がある。しかし市民だけでも限界がある。行政だけに依存するのも限界がある。まさに市民・企業・大学・行政の力を結集しなければならない大きなテーマである。 |
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