5年前に建築学会の活動で「都市の記憶」をテーマに取組んだことがある。何人かの委員が様々な形で取組むことによりユニークなレポートとして取りまとめることができ、「都市の記憶」というキーワードはこれからのまちづくりを考える上で重要なキーワードになるのではないかと感じていた。
本書はそのタイトルに惹かれ、読み始めたわけだが、文化庁在籍時に登録有形文化財の創設に深く関わった後藤治氏が歴史的建築物をめぐる日本の現状をわかりやすく解説してくれており興味深い。発行後2年が経過し、ネットでもその書評がいくつかみられるが、私自身、最近まで知らなかったこともあり、改めて紹介したいと思う。
本書では、町の風景の美しさを奪っている原因として「国土の高度・効率的利用」「防災・安全への対策」「文化財保護法の失敗」の3点をあげ、どうすればよいのかの提案を行っている。特に、3点目に関しては、このような視点では見てこなかっただけに成る程と感じることが多い。
文化財保護法では、美術工芸品や遺跡が文化財の主役となっており、歴史的建築物や町並みは脇役になっていること。それは古社寺の保存から始まった文化財保護の歴史にあり、そのために1980年代になっても「都市」という視点を欠き、危機的な状況にあった都市における歴史的建築物や町並みの保全に力をいれてこなかったこと。また、保護のための制度設計が社寺のような宗教法人にあわせてなされており、営利法人(企業)歴史的建築物を利用し続けることを重視してこなかったこと。さらに、教育を主な業務とする教育委員会が文化財保護を担当しているために、開発との調整を難しくしていること。文化財保護法とは別の法律として景観法が制定されたことなど…。「失敗の歴史」という表現が誇張ではないと感じてしまう。
このような内容の書籍のタイトルに「都市の記憶」という言葉が入っているのは、本書の出版経緯が背景にある。共著者であるオフィス総合研究所は「都市の記憶」シリーズ3部作を出版しており、本書でも「都市の記憶再生装置」というコラムを掲載し、人々の記憶を心の奥にしまい込んだ記憶を蘇らせる装置としての建築物がそこに存在する意義がいかに尊いかを指摘している。
近年、歴史まちづくりに対する関心が高まっているが、そこには人々の様々な想いが込められているように思う。本書で指摘している人々の記憶を蘇らせるという点もあるが、都市の歴史を伝えることによってまちとしてのアイデンティティを創るという点も「都市の記憶」として重要ではないだろうか。ハードの空間がいくら快適であってもそこに愛着を感じられなければ、豊かな生活環境とはいえないだろう。人々の想いが一杯につまった建物、さらには身近な風景にも都市の記憶を伝えてくれるモノはある。人々の想いを大切にしていきたいものである。 |