本書は商店街とは近代に「よき地域をつくりあげるため発明された方策」ととらえ、その生成過程から衰退にいたる道筋を膨大な資料を元に解き明かした本である。
この本に書かれている商店街の生成から衰退までをまとめると以下のようになる。
第一次大戦後、多くの農村では不況による貧困に陥り、農民が大量に都市へ流入した。そして、雇用の受け皿として簡単にできる小売業者が乱立することとなる。その結果、素人商売による商品価格の乱高下や商品そのものへの不信感から消費者対商店の対立が生まれ、消費者による協同組合が発足する。時を同じく、百貨店という大規模な小売業も生まれてくる。それらに対抗するべく、零細小売業者たちは専門性と利便性を確保し、百貨店にも対抗できる競争力を身につけるため専門店が一つの地域に集積した商店街を生み出した。
第二次大戦後、国が商店街振興組合法や大店法、さまざまな補助金などで、百貨店を規制し零細小売商の保護施策をとったため、商店街は繁栄した。しかし、こうした保護政策は新たな軋轢を生み、スーパーマーケットという業種を生む事となる。
オイルショック後、円高を背景に製造業が好調となり、貿易黒字が海外と摩擦を生み出す。日米貿易摩擦によるアメリカからの圧力で、流通の規制緩和が始まる。例えば、輸入酒の関税引き下げやスーパー、デパートでの酒類の販売などだ。
80年以降、大規模小売への本格的な規制緩和が始まり、さらに内需拡大のための、大規模な公共事業、社会資本整備、大規模商業施設の開発(これらにはアメリカの企業がかかわる)により郊外化が一気に進む。商店街は徒歩圏中心の商売であったが、街と街を繋ぐアクセス道路が整備されると、郊外での車中心の生活にシフトすることになり、ショッピングもロードサイドが中心となる。さらに、コンビニエンスストアーは商店街と対立していた大規模スーパーが、出店を規制される中、商店街の住人が商店街にコンビニとして出店できるようなシステムとして仕掛けたため、商店街は内部崩壊が進む。その結果、商店街は根底から切り崩され、さらには地域をも弱体化させることとなってしまった。
こうした商店街の歴史は自分自身の消費生活の移り変わりそのものである。さらに最近では、インターネットによる大手通信販売の利用も増えてきており、商店街には益々厳しい環境である。
最後に筆者はこう結んでいる。「一部の商業者だけが勝利しても、地域全体の幸福にはつながらない。商店街の存在理由は「生存競争の平和的解決」にあることをかみしめたい。
|