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景気・雇用・再生を考える3冊の本

 最近刺激的な書籍が出版されました。いずれも世の中に流布された「思い込みの常識」を覆すものです。

《景気:デフレの正体/藻谷浩介》
ひとつは藻谷浩介氏の「デフレの正体」(角川oneテーマ21 ¥760)です。かれは全国を歩き回り地方の実態をつぶさに観察しながら、同時に全数調査の公表統計データを基本に据えて、経済動向等を分析し、提言するのに定評があります。好況だと言われながらも売り上げは落ちる、不況だと言われればなおさら落ちるという現状は、景気循環で決めつけられない何かがそこありそうです。現役世代が減少し、国民が稼ぐ給料総額は大きく落ち込み、ストック豊かな高齢者が増えるとモノやサービスは売れなくなり、デフレが進む、その要因は「人口の波」であると。国際競争力が強まって貿易黒字でも、輸出企業やその株主である高齢富裕層の懐に落ちて、庶民にはほとんど影響がないという実態を指摘しています。日本経済にとっては「個人所費が生産年齢人口減少によって下ぶれしてしまい、企業業績が悪化してさらに勤労者の所得が減って個人消費が減るという悪循環」を断ち切ることが重要であり、そのための処方箋、@高齢富裕層から若者への所得移転、A女性の就労と経営参加、B外国人観光客等の受け入れが示されています。

《雇用:「若者はかわいそう」論のウソ/海老原嗣生》
  ふたつ目は海老原嗣生氏の「『若者はかわいそう』論のウソ」(扶桑社新書 ¥798)です。かれは人材マネジメント(雇用)の専門家です。副題に「データで暴く『雇用不安』の正体」とあるように、感覚的でなく根拠データを示して論駁しています。この本ではいくつもの「ウソ」を暴いているのですが、例えば、「熟年層によるポストの独占」→「非正規社員の増加」→「貧困化(貧困率の増加)」→「若者かわいそう」という流布された論調も、国民生活基礎調査では低所得者(ここでは年収150万円未満とする)のうち51%が高齢者で、失業中、正社員、自営業と続き、最小の非正規はわすか6%に過ぎず、貧困率の増加は高齢貧困世帯の増加にあることを明らかにしています。「若者かわいそう」を決定的にしたのはOECDレポートなのですが、マスコミもそれを精査・検証することなく、流れを作っているのです。テレビで放映された「ネットカフェ難民」も、データを示しながら、いつの時代にでもある悲惨な話をネットカフェという現代用語でパッチワーク的に取り上げて、『若者かわいそう』に矮小化していることを明らかにしています。

《再生:地域再生の罠/久繁哲之介》
  最後のひとつは久繁哲之介氏の「地域再生の罠」(ちくま新書 ¥819)です。地域再生プランナーを職業としています。かれは@専門家が推奨する成功事例はほとんど成功していない、Aまれに本当の成功事例あっても異国や昔であり、模倣は困難としたうえで、成功事例と言われる6都市(宇都宮、松江、長野、福島、岐阜、富山)を取り上げて、実は衰退しており、模倣は一層衰退に拍車をかけることを説いています。コンパクトシティの先進都市富山も岐阜も決して活性化していないと指摘し、岐阜については150億円かけて超高層ビルを建て駅前に機能集約するコンパクトシティを目指しながら市民の足である路面電車(55年分の赤字補てん額=150億円)を廃止するのは矛盾しているとして批判しています。とりわけ「土建工学者」がやり玉に挙がっており、成功していない成功事例の模倣を推奨し、自らの理想とする都市政策や器を先につくって、市民にそれに合わせることを強要するというものです。反撥と納得が相半ば(いや2:1)というところでしょうか。ただ、彼自身も批判するだけでなく、7つのビジョンと3つの提言を行っています。 以上3つの書籍を紹介しましたが、いずれもマスコミや「専門家」の言動を無批判に受け入れることはミスリードを許すだけであり、自ら判断するデータと現場を見る目を持たなければ、今日的課題は乗り切れないぞというメッセージを発している3冊です。今を乗り越える必読書です。そして「土建工学者」の皆さん、反論すべきは反論しましょう。 (井澤知旦)

(2010.10.12/井澤 知旦)