皆さんの旅先での楽しみは何でしょうか。食事や買い物はもちろんのこと、美術館でのんびり過ごすことが最近多くなったと漠然と感じていた時に、とあるミュージアムショップで手に取ったのがこの一冊である。2人の著者によるもので、前半では学芸員経験のある並木氏によって美術作品との関係を中心にした美術館を取り巻く変化が、後半では建築史の研究家である中川氏によって展示空間や建物としての美術館建築、まちづくりとの関係の変化が書かれている。
前半で興味をもった美術館の変化は、アミューズメント化・観光資源化されていることである。京都国立大学でスターウォーズ展が開催されるなど、名品を並べるだけの従来型の展覧会ではなく、収蔵品にとらわれず多様な企画展が開催されている。また、ミュージアムショップとそこで販売されるグッズの充実が多くの美術館で図られ、作品鑑賞後の楽しみの一つになっている。長野県の軽井沢や安曇野のように観光地として定着している地域に美術館がつくられるだけではなく、岡山県の倉敷市や香川県の直島のように美術館が観光地化を牽引したり、越後妻有アートトリエンナーレなどの屋外でのアートイベントが各地で行われていたりもする。美術鑑賞だけを目的としない私のような者でも美術館に行きたくなるのは、美術館が時代やニーズに合わせて変化をしているからである。
後半で興味を持った変化は、美術館がまちづくりから求められるようになったことである。交流拠点として活用されたり、歴史的建物の保存や再生によってつくられたりし、まちづくりの核になっているものもある。しかし、美術館にとっては必ずしも良いことばかりではなく、例えば、漫画をテーマにしたまちづくりのために各地で多くの美術館が作られているが、まちづくりとは関係が薄いキャラクターを価値づけるために美術館の概念が利用されているだけという見方もできるのである。この「価値づける」という機能をまちづくりに上手に使い地域文化を発掘するという新たな可能性を示しているものもあり、その一つがTシャツアート展で有名な高知県の砂浜美術館である。応募された写真や絵画をTシャツにプリントしたものを洗濯物を干すように砂浜に展示するもので、Tシャツが作品となることで、砂浜に作品を展示する美術館としての価値が生まれるのである。「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。」というコンセプトのもと「漂流物展」、「らっきょうの花見」、「ホエールウオッチング」などのイベントを展開することで、埋もれていたものを地域の中で改めて価値づけをしており、まちづくりとしての評価も高い。ゴミとして掃除する対象物であった漂着物や漁場を荒らす厄介者であったニタリクジラを「作品」として逆転評価している点も非常に興味深かった。
前半、後半とも数多くの美術館が具体的な事例として紹介されており、砂浜美術館などの美術館を巡る旅をしたいと思わせる一冊であった。
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