書名の「あの日」とは、東日本大震災のことである。世界的な建築家である伊東豊雄氏はあの震災以降、建築に対する考え方が大きく変わったという。彼は東北の被災地に足しげく通い、建築家として何かできることはないかと思いを巡らした結果、「みんなの家」という何の変哲もない集会所を建設するプロジェクトを思いつく。その活動は他の建築家も巻き込みながら発展していき、仮設住宅の村々に集会施設が建設されていくことになる。
その一連の活動は、2012年のヴェネチア・ビエンナーレという国際的な建築展で金獅子賞を受賞するほどの評価を受けることになるのだが、「みんなの家」という建築には建築デザイナーとして世界的に高く評価されてきた伊東豊雄氏の個人的な表現は見当たらない。あるのは被災地の人々と心をひとつにしてつくり上げたというプロセスだけだと言っていい。だからこそ、「これからの建築を考える第一歩があるのだ」と彼は宣言している。
その背景にある思いを、彼の建築作品を通して語っているのが本書である。
彼は、現代の建築家が個性を売りに評価を上げることで仕事を得ている状況を、「資本主義の道具に成り下がっている」と指摘する。それゆえ、自治体から敬遠され、公共的な仕事にめぐまれないため、ますます社会から離れた存在となっているという。結果的に、東日本大震災のような国の一大事でも、復興計画の作成で建築家にはお声が掛からないという存在になってしまったのである。これからの建築には建築家個人による個人的な表現に終わる事のない「個を超えた個に行き着く」必要があるのだという。「みんなの家」は、ある意味「地域の人々に完全に理解される建築」として建設できたことが、「あの日からの建築」の第一歩となる予感があると語っている。 |