少し前に、向島のまちづくりに取り組む山本俊哉氏のご講演を聞いたのがきっかけで、東京都墨田区向島を訪れてみた。墨田区と言えば「路地尊」が非常に有名であるが、それ以外にも面白いものがたくさんある。
向島は日本有数の密集市街地で、とにかく建物が所狭しと建っている。名古屋で「狭隘道路の解消」と聞くと、「ああまた美しい町並みが壊される…」などと思ってしまうが、ここは見るからに危険そうなので、全くそんな気持ちにならない。とにかく、建物と建物の間がものすごく狭いところがたくさんあって(90pくらい?)、しかもその「隙間」が「道」の扱いになっていて、「道を歩く」というよりも、「建物と建物の隙間を縫う」という方がぴったりくるようなところが多い。
街がこんな風になったのは関東大震災後に被災者が流入した結果だそうで、それまでは隅田川沿いの風光明媚な田園地帯で、江戸時代には「花と言えば向島」と言われたそうである。その名残が今でもあり、ごみごみした下町を歩いていくと、突然「向島百花園」という広大な花園が出現して、びっくりさせられる。また、入り組んだ細い道を歩いて行くと、細長く商店街が続いていたり、神社があったり、いろいろなものに出会う。こういうところを探検するのが好きな人はやはりいるようで、私が行った時も、巨大なレンズのついたカメラを携えた一行や、夫婦連れらしき人が散策しているのに巡り会った。
強く感じたのは、非常に東京らしい風景だと言うことである。東京都以外のところで、まずこんな風景は見られまい。密集市街地と言えば改善を要すべきところであるが、ここではその密集の様子があまりにも凄まじいので、「街の個性」に昇華していると感じた。
もちろん、安全性の向上は必要だし、ここでもご多分に漏れず、工場の閉鎖、高齢化、空き家の増加といった問題が山積みである。山本氏のお話によると、2000年に地元の人達が協力して「向島博覧会」を開催したそうだ。空き地、空き家、路地などを会場に使い、アートギャラリー、ワークショップなど50もの企画を開催したという。色々なものが、迷路のような中に混ざり合っているこの街は、アーティスト達にとっては非常に魅力的だったに違いない。博覧会後、実際に移り住んで来た人が結構いたという。また、博覧会関係者などによって「向島学会」が設立され、向島の研究活動やまちづくり活動に継続的に取り組んでいる。
様々な時代を生き抜いてきた下町は、おもちゃ箱のような魅力を持つ反面、快適性、安全性に欠け、住むところ、働くところとして敬遠されてしまう。しかし、独特の個性をうまく生かしながら現代的に活用することができれば、新しい街が決して持ち得ない奥深さを持った街に生まれ変わる可能性を持っている。地元の方々の活動によって、そういった潜在的な力が少しずつ引き出されるとよいと思う。
参考資料:「元気のある下町の再生 地域力を活かした密集市街地の総合的再生のチャレンジ」
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