岐阜県美濃地方を東西に横切る旧街道として中山道があります。旧くは七世紀の飛鳥時代から東山道として整備され京都から信濃国へ至る街道でしたが、江戸時代に入ると徳川幕府により中山道として再整備されました。鵜沼宿は各務原市内にあり、岐阜県内にある中山道東端の馬籠宿から11番目、日本橋から数えると53番目の宿場町です。宿場の延長は約800m、大安寺川で東町と西町に分かれ、現在歴史的建造物群のある町なみが残り「鵜沼宿」と称されるのは、本陣と脇本陣のあった西町になります。
西町の鵜沼宿は明治から大正にかけて建てられた旧家(住宅兼旅籠や商家)が数多く残され歴史的町なみを形成しており、数棟が国の登録有形文化財に登録されています。東からみていくと「旧武藤家住宅」「菊川酒造」「坂井家住宅」「梅田吉道家住宅」「梅田昭二家住宅」「安田家住宅」「丹羽家住宅」で、毎年春と秋に行われる祭りのイベント時に公開されることがあります。このうち「安田家住宅」は、昭和五年建築の木造二階建て、切妻平入一階庇付、間口六間奥行五間半の旧旅籠兼住宅です。安田家当主は、中山道鵜沼宿まちづくりの会の会長で、歴史的建造物保存とまちづくりに尽力され、後述する薫藤会の活動にも貢献されています。平成22年5月には、江戸時代末期の鵜沼宿各家の間取りを描いた「鵜沼宿家並絵図」をもとに脇本陣が再建され、現在は一般公開されイベント等も催されています。
鵜沼宿の東端に位置する旧武藤家住宅(現歴史民俗資料館)の前に、旧大垣城鉄門があります。元々各務原市内の旧家にあったものを、紆余曲折の上鵜沼宿に移設することになりました。事前調査より、鉄板貼の高麗門形式の門は日本国内に3物件(名古屋城表二之門、大阪城大手門高麗門、大垣城鉄門)しか残存しておらず、大変貴重な文化財なので筆者も尽力して保存への方向を定めました。現在旧大垣城鉄門は各務原市文化財に指定され、文化財として保存されることになりました。
平成22年3月に、旧武藤家住宅が市指定文化財に指定されたことに続き、鵜沼宿を
周知し茶道による文化的発展を旨とした「薫藤会」が有志により設立されました。毎年春と
秋に薫風茶会と称した茶会を行い、旧武藤家住宅の茶室などで呈茶を行なっています。
開始より5年を経過し、市民や観光客に茶会は浸透しましたが、今後は茶会のみでなく
文化的事業や茶道を通じた教育が課題といえます。
歴史的建造物の保存について、群として文化財的価値を有することは鵜沼宿で実感
することができ、その住民努力の上で歩車道や水路の整備が行われ、都市景観として
魅力が増してくると感じられます。町家の維持管理から町並み保存に繋げていくことは、
大変な労力と資金を必要とします。住民が誇れる住環境の整備、活用の維持管理手法
整備など課題はありますが、実践することにより一つずつ解決していくことが重要と
いえます。 |