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パラサイトシネマat名古屋城/名古屋市中区

1.パラサイトシネマとは
 街の中にある時間の隙間と空間の隙間(サイト=site)に,小さくても新しい価値を付加する仕掛け、すなわちパラサイト(=parasite:本来は「寄生」という意味)をすると、
       (Site+Time)×Parasite→∞
時間的空間的に大きな価値を生む。その仕掛けを「シネマ」で展開したのがパラサイトシネマである。例えば、地下街への出入口を時間的空間的な隙間(午後10時以降シャッターが下りる通路)に、パソコン・プロジェクタ・スピーカーの3点セットを配置して,シャッターやビルの壁面をスクリーンに見立てて、映像を映すイメージである。このメディアの特色は、ポータビリティに優れ、いつでもどこでも展開することができることである。国内はもとより海外での展開も可能である。屋外なら夜間だが、屋内なら昼間でも対応可能である。
 「シネマ」というコンテンツを募集することで、クリエーターを結集し、コンテンツ産業の育成につながる。

*パラサイトシネマのクレジットは北川啓介(名工大)+宇野享(シーラカンス)+井澤知旦(スペーシア)+名古屋建築会議(略称:NAC)である。宇野氏が都市のアーバンヴォイド(都市の空白)に着目し、そこに付加価値をつける「パラサイトアーキてくちゃ」という概念を打ち出し、北川氏と名工大北川研究室の大学院生・学部生がパラサイトをシネマで展開する発想とコンテンツづくりおよびその実施を担い、井澤が実施に向けて空間の管理者と調整を、そしてNACが実施をバックアップするという構成である。

2.これまでの経緯
 パラサイトシネマは2005年度から本格的に取り組んでいった。初年は上記の仕掛けをオアシス21西側(久屋大通沿い)階段で行い、翌2006年度はオアシス21だけでなく、名古屋大学のIB情報館脇の地下空間への出入口階段で行った。2007年度は第1回リスボン建築トリエンナーレ(07.5.31〜07.7.31)で「パラサイトアーキてくちゃ」を発表し、その中の一つに「パラサイトシネマ」を組み込むと同時に、会場施設を使ってパラサイトシネマの上映を行い、大きな反響を呼び、多くの入場者でにぎわった。同年11月22日〜27日には新宿で、12月10〜11日には名古屋で「第1回リスボン建築トリエンナーレ帰国展」を開催した。

3.パラサイトシネマat名古屋城
 2008年の夏、名古屋城宵まつり(8/8〜8/17)にあわせて名古屋城本丸内の4ケ所で8/9-10&8/16-17の2回の土・日曜日に実施した。その実施写真を下記に示した。
 4ヶ所のうち一つは本丸へ入る門側でパラサイトシネマとは何かを解説する映像を、二つ目は名古屋城(石垣)の観光PRの映像を、三つ目は小天守のしっくい壁面に本丸御殿の障壁画を、四つ目に小天守と天守閣をつなぐ通路から見える小天守の壁面にサカエシネウォーク(今年は久屋大通映像フェスティバル2008と名称変更)のSAKAE MOVIE AWARD入賞作品を上映した。
 とくに三つ目の小天守東壁面の本丸御殿障壁画の映像は、遠くからでも見えるので、ライトアップされた天守閣と小天守を背景に記念撮影をする人々にとって、意外性と感動を持って迎え入れられていた。小天守前にはベンチがあり、そこにスピーカーを仕掛けていたが、普段の宵まつりでは小天守を背後にして座るのであろうが、今回は映像があるため、そちらに向いて座る観客が多かった。このように、名古屋城では名古屋城にちなんだコンテンツが違和感なく受け入れられるようだ。場所性にあったコンテンツが求められているのであろう。
 今後、もっと都心のあちこちでパラサイトシネマを展開していきたいと考えている。そのためには映像装置の設置場所と映像投影場所の管理者(所有者)の了解と協力を得ることが前提となる。名古屋発のメディアであるがゆえに、皆で育てていきたいと考えている。

*パラサイトシネマat名古屋城では名古屋城管理事務所の方々、名古屋テレビ塔の方々にご協力とご尽力をいただいた。ここに感謝申し上げます。

ライトアップされた名古屋城の小天守と天守閣。小天守の東壁面に本丸御殿障壁画の映像を投影

蛙が出てきて飛び跳ねる

小天守部分の拡大写真

小天守と天守閣の通路部分の小天守壁面に
SAKAE MOVIE AWARD入賞作品を上映した

石垣に映像を投影したが、やや見づらい。こどもたちは指を使って影絵で楽しんでいた。

(2008.8.18/井澤知旦)