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ザハ・ハディッドは語る/ザハ・ハディッド、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト著

筑摩書房/2010年9月22日発行

 すでに白紙となった新国立競技場の設計者に選ばれていたザハ・ハディッド氏とはどんな人なのかが気になり、本書を手にとった。
 ザハ氏は、イラク出身で現在はロンドンに数百人規模の設計事務所を開き、世界中からオファーが絶えない女流建築家である。
 80年代は「アンビルドの女王」と呼ばれ、実際の建築作品がほとんど無いにも関わらず、都市や空間の可能性を追求した数多くのドローイングが、その前衛性において注目されていた。前衛的すぎる彼女の建築案は、コンピューターや建設技術の進歩により90年代から実際に建設されるようになる。2000年以降は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、世界各国で斬新な建築を作り続ける巨匠となり、建築界のノーベル賞と言われるプリスカー賞を女性で初めて受賞している。デザインの特徴は、初期の作品では、分解された建築が空中に飛散したようなデザインが印象的であったが、2000年以降は三次曲面を多用したうねるような形体や、海綿状のような有機的な構造体など、他者には真似のできないような個性的な作品が多い。新国立もこうした最近のザハ氏ならではデザイン性を感じる建物だった。
 本書に書かれた彼女の一面は、まさに天才肌である。「無視され侮辱されていた「アンビルドの女王」時代でも、いつかはそうした状況から脱すことが分かっていた」、と言いきり、「現在の賞賛も自分の人生に影響を与えるほどまじめにとらえていない」とあっさり答えている。また、「自分は集中状態にあると、混乱することなく物ごとがクリアーに見える。」と言っており、超人的な集中力を自覚している。本書を読んでも、彼女の建築を理論的に理解することは難しいが、天才的なインスピレーションやデザインセンスは感じ取れる。
 さて、新国立競技場のザハ案は完成することは無いようであるが、本書を読んで、改めて天才ザハ氏のコンペ時の案(後から出てきた減額案はいただけない)を見てみると、間違い無く天才が醸す神秘的な魅力に満ちた建築だと言えよう。
 新国立の審査員は「日本が世界に発信する力」という観点から、デザインの強いメッセージ性と日本の技術を世界に示すことができる最も優れた作品として、ザハ案を最優秀に選定した。ザハ案は、審査の評価の通り、デザイン面ではその前衛性は抜きん出ており、完成すれば、まさに世界に誇れる建築となったであろう。また、技術面でも審査委員長の安藤忠雄氏が「ザハ案は相当な技術力が必要だが、これを完成させることで、日本の建築技術の優秀さを世界にアピールできる」と語ったほど、チャレンジングな建築であったであろう。
 建設費が当初1300億円の予定が2500億円になったというのは問題であるが、報道は、それが最優秀に選ばれた評価にはまったく触れず、2500億円という工事費に対する批判に集中し、最終的には、これはいったいだれの責任かという犯人探しで終わっている点が不毛である。ザハ氏の本を読み、審査時の評価を見直すと、あれは評価されるべき点がたくさんあり、それを今後に生かすことも重要である。
 オリンピックの開催は日本人が自信を取り戻す良い機会である。その象徴となるスタジアムは、単に建設費だけで評価されるものであってはならない。今度の新国立競技場が「日本が世界に発信する力」を国民が自覚でき、誇りに思えるようなスタジアムになれば、それは工事費以上の経済効果を生み出すかもしれない。

(2015.8.6/堀内研自)