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「家康、江戸を建てる」/門井慶喜著

祥伝社/2016.2.20発行

 最近天守にまつわる話題が世間をにぎわしている。名古屋城天守を木造に建替える事業や熊本大地震で天守の屋根瓦や石垣が崩壊したことがそれである。もちろん天守閣は都市の象徴だけに注目度は高いが、天守だけあっても都市は形成できない。そこでの暮らしを想定すると、食糧供給も、飲料水供給も、通貨流通もなくてはならず、都市基盤や制度基盤を形成していかなくてはならない。
 ここで紹介する「家康、江戸を建てる」は天守建設の話だけでなく、それら都市および制度の基盤について、江戸時代においてどのように整備していったのかを、小説形式で表現している。当時の技術やそれを差配した人物や事業の結果については史実に基づいているだろうが、かれらの思考方法や意図、悩み・葛藤は想像力を駆使しながら、創作物である。この事業実現の経過は、はらはら、どきどきもので、ついつい当時の時空に引きずり込まれてしまうのは作家の力量であろう。
 ここで扱われる話題は5つある。第一は「流れを変える」であり、河川付け替え工事(利根川・渡良瀬川の合流工事)で、江戸を洪水から守り、肥沃な農地を拡大することである。27年以上の歳月を費やし、完成させ、さらにその後赤瀬川の付け替えを行い、通水させたのである。伊奈忠次(一代)・熊蔵・忠治(二代兄弟)・半左エ門(三代)の取り組みである。ちなみに伊奈忠次は木曽川の御囲い堤も整備している。第二は「金貨を延べる」であり、天下統一は貨幣の統一でもあり、家康は慶長小判でそれを成し遂げた。そこには地名表示がない。貨幣に書かれた地名は流通できる範囲を示すものであるが、それが無いということは全国に通用するということである。秀吉の時代は後藤家が鋳造権を握っていたが、それを関ケ原合戦ののちに、家康の命を受けた主人公が獲得する。その過程は同じようにハラハラ・ドキドキである。第三は「飲み水を引く」であり、武蔵野の
湧水を江戸まで送り込み、何度かの拡張工事を経て江戸百万人の飲料水を供給する水道事業である。
 第四は「石垣を積む」であり、天守等を建設する基礎工事である。土木工事を普請といい、建築工事を作事というが、ここは前者である。石を積むには石の性質を読み切って、いい石を切り出すこととその石を積み上げることの両者が不可欠である。ここではそれぞれの名工が張り合うが、最後には力量を認め合って、江戸城の石垣を積み上げていく。第五が「天守を起こす」であり、天守の作事である。ここでは軍事拠点の天守であれば外壁が黒で塗られるのが一般的であるが、江戸城は白漆喰が塗られている。それはなぜかを作家の想像力で展開しているのである。理由は「未来」と「過去」を白で表現している。何を言っているのか? ぜひ読んでいただきたい!!なお、江戸城天守は明暦の振袖大火のあと復興されなかった。実用性がないので当時では不要という判断だったようだ。
 江戸の荒涼たる大地をどのように切り拓いて、百万人都市にふさわしい基盤を創っていったのか。目利きの職人たち(今でいう先端技術者)がどのように事業にかかわっていったのか。史実の基づく小説といいながら、史実のごとく読んでしまう。そしてその世界にひきずり込んでいく。「江戸を建てる」ことの偉大さを改めて考えさせる労作である。

(2016.5.23/井澤 知旦)