名古屋クリエーターズ・マーケット 4年目
井澤 相羽さんのお仕事で印象的なのが名古屋クリエーターズ・マーケット(以下クリマ)のプロデュースがありますが、どんな経緯で始まったんでしょうか。
相羽 80年代後半、バブルの絶頂期に、名古屋・岐阜・岡崎など各地の出店プロデュースをてがけていました。モノを見る目、流通的商品の価値観はこのとき形成されたと思う。1990年に名古屋でオフィス ビータを立ち上げ、個店の広報・企画の仕事に携わり、イベント系にも人脈が広まりました。そんな中で4年前にコーディネーターの稀温(きおん)さんという人が、ノンジャンルで「つくる人」を集めてイベントをやりたいと持ちかけてきたのです。それまでにも覚王山や矢場公園などでクリエーターのイベントはありましたが全て屋外で、数も集めにくかった。1992年にデザイン博3周年イベントとして栄公園でアートバザールを手がけた稀温さんに、年2回、懐古玩具の即売イベントを手がけていて、ノウハウを持つ僕が協力することになりました。
井澤 つまり相羽さんのノウハウと稀温さんのコーディネートで実現したということですね。
相羽 それだけでなく、双方がそれまでの仕事を通じて培ってきたネットワークを合わせて、つくる人の露出・表現する場を作ろうと思った。クリエーター個人では、ものすごいエネルギーをかけても、なかなか多くの人に見てもらう場がつくれない。どんなに広報をがんばっても知り合いの知り合いぐらいまでにしか見てもらえない。埋もれている才能や、やる気を世に出す手伝いをしたかったんです。
井澤 名古屋はもともと明治以降、ものづくりに強いと言われてきた。自動車産業のイメージも強いだろうが、東京や大阪と比べて、ものを作る人の質は高いのだろうか。また層は厚いのでしょうか。
相羽 層が厚いかどうかはクリマでは分からない。というのは、どこにでもクリエーターはかなりの数がいて、東京・大阪・名古屋はたまたま大規模な発表の場があるから、表に出てくるだけでしょうね。クリマには北海道から毎回出店する人もいます。それぐらい評価を受ける場が少ない。またレベルやセンスは経験を重ねて高められるものだろう。クリマがある名古屋はその場があるとも言えます。
井澤 東京のクリエーターズイベント「デザインフェスタ」とクリマの違いはなんでしょう、あるいは何か違いを出そうとしていますか。
相羽 デザインフェスタはビッグサイトで開催され、とにかくボリュームがすごい!圧倒される。クリマの3倍のブースが並び、即商品化できそうなものがたくさん出る。クリマはある意味、質の高さをめざし、コンテスト企画や体験教室などの仕掛け・企画によって、内容を濃くできていると自負しています。
井澤 クリマに出展する人はどういう動機・意識で参加するのでしょうか。
相羽 クリマに出す動機は、刺激を受けたい、商売をしたい、作品を見てもらいたい、材料費を得たいなど様々だが、ただ、「フリーマーケットとは違う感覚でやらなければならない」ということは呼びかけるし、出す人も分かっています。出展後の反応も、自信を持つ人、自分のレベルの低さを知って引っ込んでしまう人、もう1年力を蓄えて再挑戦しようと思う人など様々です。
井澤 クリマへの出展を通じて大きな商売になった話はありますか。
相羽 毎回出展してくれている横浜の万華鏡作家がいて、この作品が非常にレベルが高い。ネットワークを通じて、ニューヨークの見本市「アクセント・オン・デザイン」にブースを出しているアーティストと連携し、この万華鏡を出せないかと思いついた。クリマを第1次審査と位置付けて、この万華鏡をニューヨークのギャラリーに持ち込んだところ、アクセント・オン・デザインに出すことが認められ、キャプションに「名古屋クリエーターズ・マーケット出展作品」と出ました。この話はその後、さらに展開して、アメリカのあるミュージアムショップと百貨店から発注もありました。その他にもクリマで認められた人が、ハンズやロフトに出品するという成功例は結構出ています。
クリマ 新たな挑戦 技とセンスを 触発させる
井澤 クリマが世界にまで送り出す窓口となったんですね。様々な実績ができつつあるということですね。開催日数も1日から2日と長くなりましたが、今後の展開としてはどんなことが考えられますか?
相羽 2日間展開にはしましたが、会場は大きくしません。それよりも仕掛けと目標を明確に打ち出して、内容を濃くしようと考えています。出す人・見る人双方のモノづくりの感覚を触発したい。今後の展開としては伝統工芸の職人さんとクリエーターのコラボレーションを計画しています。クリマに出てくる若い人の感性はすばらしいが、レベルアップには技が必要だということを強調したい。その根本が伝統工芸の中にはあると考えています。
井澤 面白そうですね。名古屋はそういった伝統工芸の技が詰まっている地域でもある。有松の絞り・瀬戸や常滑のやきもの・名古屋友禅・からくり人形、名古屋仏壇の技術など様々なものがあるけれども、どこの業界も衰退し、行き詰まっています。新しい発想を入れようと、常滑のやきものと有松絞りのコラボはすでにされています。閉じた業界で同類が議論していても、広がり、深まりは生まれないでしょう。
相羽 伝統工芸の技はすごいが、展示会の仕方など非常に硬い。例えばからくり人形はどこまでいっても、古いからくり人形で表現されている。もう少し頭をやわらかくして、高度な技と若い感性がコラボすればこんなすごいものができる、と刺激したい。
井澤 作家の世界は経済的に成り立っているが、産業の世界は衰退してしまう。職人の多い名古屋であるからこそ、確かにクリエーターとのコラボによって光が差すかもしれない。それなら名古屋ならではの濃さが出てくるでしょうね。
まちの「リ・デザイン」ソフトの刺激でハードを動かせ
井澤 名古屋はクリエーターが育ちやすい土壌だと言えるでしょうか。
相羽 繰り返すようだが、場がない。ニューヨークのソーホーの様に、常に発表の場が用意されている空間がない。そういった空間は自然に発生することが理想的だが、待っていてもできないだろう。ある意味、名古屋はパワーを出す店や人はかなりいる。それが集積できないようになっているのではないか。東京の場合は、1昔前の分かりやすい例では同潤会アパートのように分かりやすく継続的に集まれる場所がある。それが名古屋にはないと思います。
井澤 そういう場として、2001年に栄南にオープンしたさくらアパートメントを思い出しますが、相羽さんも立ち上げに関わったと聞いています。テナントがバリエーションに富んでいて非常に楽しいのですが、あれもクリマのネットワークですか。
相羽 最初、旅館のオーナーと数人の人が、建物の使い方を議論し、クリエーター系を集めたいということになり、僕に声がかかりました。テナント料や水光熱費など、全部を試算して事業計画を作り、クリマの人脈に情報を投げたところ、あっという間に広まって、クリマ以外の分野からも入居希望者が集まり、楽しいものになりました。クリエーターが全くの個人で開いているギャラリーもあれば、実は有名企業の新規事業という店舗もあります。
井澤 確かにさくらアパートメントには、魅力的な大小約50店舗が集まり、人の回遊を生んでいますね。ああいう場所がさらに増えて面としての広がりを持てないでしょうか。
相羽 栄東にしても栄南にしても土地・建物が動かないことが集積しない1因であると思います。店を持つことはものづくりに携わる者にとって、自らのセンスや作品を世に訴える手段として理想的です。店を持ちたいというパワーには相当のものがある。このパワーを受け止めるだけの箱がないのではないでしょうか。もっと安くフレキシブルに物件が流通してくれれば、と思います。
井澤 栄南は材木業や問屋業が出て行ったことで建物が空き、地価が下がり、飲食・物販が増えた。長者町や名駅周辺も同じ動きが見られます。これらは一度マイナスになって、次に、プラスに転じるという現象でしょう。地価が下落している今こそ、まちのデザインをしなおすチャンスかもしれませんね。そのためにも今までの業界を見直し、クリエーターなどに入ってもらおうという仕掛けが必要でしょう。大津通には、集客力の高いブランドショップが増え、通りとしての性格付けが成されて、活気づいてきた。若宮大通の活性化も大通だけでなく、裏通りや内側の建物も合わせて考えたいものです。
相羽 名古屋でもこれまでにも魅力的な空間や施設はたくさんできています。ただ、隠れ家的な店であったのが、すぐ人気が出すぎてその雰囲気を無くしてしまうこともある。魅力的な店というのは、そこをつくるプロデューサーやオーナーだけでなく、お客の側にも使いこなすセンスが必要でしょう。
店舗をプロデュースすると同時に、通りごと、ブロックごとにプロデュースするようにしないと、まちが平準化してしまい、なかなか表情が出ないのではないでしょうか。
井澤 そこに、我々のような職種の生きる道があるかもしれませんね。相羽さんもクリエーターを繋ぎ、点から線、そして回遊性を加えて面へと広げていく、つまり、まちづくりに組み込むという発想をお持ちでしょうか。
相羽 そのイメージははっきりとあります。店のコンセプトデザインをしながら、人と店を繋げて通りやブロック(街)をプロデュースすることができるとは思います。ただ、まだ現時点では店舗のコーディネートはできても、僕自身にそういうまちづくりのノウハウがない。井澤さんのようにまちづくりのノウハウのある人との情報交換が必要だと感じています。
井澤 そうですね。相羽さん、ぜひ、やりましょう。未開拓なネタはたくさんある、それを使いこなすノウハウや情報を、互いに提供しながら、作り上げていきましょう。本日はどうもありがとうございました。
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