再開発と住民組織

−市街地再開発事業の現場から住民主体のまちづくり組織を考える−/浅野泰樹

市街地再開発事業の新たな展開

 昭和44年に都市再開発法が施行されて以来、市街地再開発事業(以下「再開発」)は、土地の高度利用により生み出す余剰床(保留床)を処分して事業費を回収する仕組から、事業成立が一部地域に限定されるという制度的問題を内包しながらも、権利者の直接的な資金負担を軽減し、公共施設と施設建築物を一体的に整備する手法として都市整備上、重要な役割を果たしてきた。

 また、高齢社会及び環境重視型社会の到来から、中心市街地の再構築に対する社会的要請が一層高まり、再開発は、「中心市街地における市街地の整備改善及び商業等の活性化の一体的推進に関する法律(いわゆる中心市街地活性化法)」の目的とする都市機能の増進及び経済活力の向上のための整備手段として、更なる活用が期待されている。

 その中で、権利者が再開発組合を設立して進める組合施行は、権利者の事業能力の問題から、ディベロッパー及び行政の主導で進められた地区も多いが、法制度上、住民主体のまちづくりが保障されている。地区の権利者が自らまちづくりを発意し、権利者相互間で権利調整を図りながら、協働・共生できる場づくりをめざす再開発は、組合施行の本来の姿であるが、昨今の保留床処分の困難さから「自前型再開発によるまちづくり」としてあらためて話題となっている。

組合施行における初動期の組織

 一般に、組合施行の再開発では、地元の代表者や行政の働きかけを契機に研究会や協議会の名の下にまちづくりの話し合いの場が持たれる。まちづくりの研究が進み、再開発手法が選択される段階で、任意の準備組合を設立し、事業化の検討が重ねられる。概ね事業化の目処がたった段階で事業の都市計画決定、法で認知された組合設立となり、事業が施行される。組合は事業完了に伴い、清算されるが、長年の事業の中で培われた成果をさらに再開発ビルの管理・運営に継承するため、権利者等の出資による法人格としての株式会社に組織が発展していくケースが多い。

 その過程において、採算性の追求が必要な再開発組合や管理会社に厳しい組織運営が求められることは言うまでもないが、事業見通しの不明確な初動期に、任意組織での住民同士の意志疎通や諸活動を如何に進めるかが事業の成否にとって重要である。

 東海三県は、再開発の後進地域といわれてきたが、バブルを契機に、駅前地区を中心に再開発初動期の組織が設立され、検討が続けられている地区も多い。再開発の初期は、行政が中心となって権利者の相談に応じたり、組織活動を支援する。が、権利者及び行政の双方に組織運営のノウハウが不足していたり、権利者は「行政の積極的な支援がないので事業が進まない」と、また行政は「権利者がまとまらないから支援ができない」と、双方の立場の違いから互いに批判しあうなど、組織運営上の問題を抱えている地区もある。

権利者のボランティア活動により支えられるまちづくり

 再開発は、共同化の手法により、自己資産の有効活用と公共空間の整備をはかる事業であり、権利者の生活・営業スタイルを大きく変えるばかりでなく、周辺に与える影響も大きい。再開発の効果を理解できても、資産を共有できるまでには、権利者の意識改革や共有化のためのルールづくりなど、権利者間での討議・調整は幾度となく繰り返される。また、公共事業・補助事業として、行政とのパートナーシップの構築や周辺居住者との協調性の確保など、色々な課題に対して権利者に多大な労力と創意工夫が要求される。特に、事業の推進役となる組織の役員には、一般の権利者と比べものにならないほどの時間的負担がかかる。こうした権利者が事業着手までに要した時間は、企業経営的に見れば、コストとすべきであろうが、床価額の上昇を引き起こし、事業の採算確保が困難となるため、一般的に経費として原価に計上できない。そのため再開発は、権利者にとって、単に自己の資産価値の向上に必要な自助努力という枠を越え、まちづくりという観点からのボランティア活動を必然としている。

 事業初期によく、行政マンから「権利者のまちづくりへの関心が低い」「会合を開いても集まりが悪い」といった批判の声が聞かれる。しかし、再開発の初動期においては、市民が自由な意志に基づき主体的に参加する一般のボランティア活動と同じと認識すれば、関心の低さを嘆くのではなく、地域に関心を持ち、活動したいと願う人達の「小さな集まり」を、まちづくりの萌芽として積極的に評価すべきであり、それを支援していく姿勢が重要である。

 また、再開発とは無関係でも、様々な活動を実践している地域では、いざハード面でのまちづくりが必要となった段階で、権利者間の話し合いが円滑に進展するケースが多い。

 再開発を契機に権利者を組織化することもあるが、日頃より地域住民のボランティア精神を大切にし、地域活動の土壌づくりを支援・実践しておくことも必要といえる。

権利者の参加方法に工夫を

 地域にまちづくりのため、会合を呼びかければ、相当数の権利者が出席するのであるが、「権利者からなにも発言が出ず、住民の考えていることがよくわからない」という話もよく耳にする。会合への参加者は、基本的には関心があり、自分なりの意見を持っているものである。会議の不慣れさや運営方法の問題から意見が出しづらいのである。

 参加人数の多さ、会場の雰囲気、会議の運び方など、発言しにくい環境要因を取り除くことが必要である。説明会方式ではなく、相互応答型(参加者に積極的に質問を投げかける)会議の設営や参加者自らがその場で行動して価値観を共有するワークショップ方式、ロールプレイング(自己の立場を変えて、問題点や解決方法を考える方法)の採用など、色々な手法を試行して意見を引き出す工夫をすべきであろう。

 ある地区では、商店街のみのまちづくりでは限界があるとの認識から、リーダーの発案により「商店主と地域住民が率直に意見交換できる場をつくろう」と、自分の店を一晩開放して、飲食を共にすることが試みられている。こうした方法に関しては、公的なまちづくりという観点から敬遠されがちな社会風潮にある。節度を持って運営すれば、大きな効果が得られることも事実であり、再開発・まちづくりの現場では、杓子定規な対応のみでは人が動かない点も十分認める必要があろう。

組織運営と権利者との日常的接触

 再開発では、会合の運営以外に、世間話を含めた日常的な権利者との接触を通して、権利者の様々な悩みや相談に応じられるような、いわば営業マン的な役割がかなり重要となる側面も強い。リーダー達やコンサルタント、行政担当者の普段の努力も重要であるが、権利者の生活や企業・諸団体の維持・経営を考慮すれば、ボランティア活動にも限界がある。再開発・まちづくりには、こうした日常面でボランティアとして、営業的センスを持った人材を長期間どのように確保できるかが大きな課題である。

 また、再開発・まちづくりは、長きにわたる人と人のコミュニケーションの蓄積とプロセスが重要である。情報の共有化システムを構築しないまま、行政的な単年度主義や人事異動をあまり厳格に適用すれば、事業の継続性を阻害し、かえって非効率になることを十分認識しておく必要がある。

行政支援のありかたと計画方針変更の勇気を

 再開発の計画検討が長期化することは、一定程度やむを得ないし、必要なことである。ただし、長期化すればするほど、ボランティアとして参画してきた権利者は、「何とかしたい」という気持ちが強くなる。コンサルタントも、全く経済的合理性のみで動くものではないため、長く地元とつきあっていると、「思い入れ」が強くなる。また、行政マンでも、数年での異動はあるにしても、過去の経緯を踏まえると、きっぱりと割り切れないものを感ずることになる。一度、権利者との関係が築かれると、それを断ち切れない状況が生まれやすい。しかし、そのことが決して良い結果を生むとは限らないこともある。ボランティア活動による権利者の負担を増大させ、また、再開発という期待のため他の改善を遅らせ、逆にまちを疲弊させることもある。社会・経済の環境が大きく変化する時代にあって、柔軟な行動が益々求められ、再開発に関わる者にとって、計画の実現性を常に冷静に判断することが重要である。そのため、たとえば、初動期にあっては、最初に権利者と年数を区切り、到達目標を明示、行政がその間の支援を約束する。その上で、関係者が努力し、一定期間経過後、事業の可能性を再度チェックし、達成不可能な場合には方針を変更又は取りやめるという対応も必要であろう。

 

 地域限定のボランティア組織である再開発準備会が住民主体のまちづくりを展開するには、一般のボランティア活動に比べ、各種制度が充実しているとはいえ、紙面に書ききれない幾多の問題がある。さらに、昨今の厳しい経済情勢は事業推進に大きな障害となっている。

 しかし、再開発の理念・目的を明確にし、地域関係者のボランティア的性格を併せ持った事業活動として、方法論やプロセスを重視していけば、必ずや道筋が開けるものと確信している。

目次に戻る