視察レポート
Report
近代化遺産とアートの島、犬島
現代アートの島といえば愛知県なら佐久島、全国的には瀬戸内海の直島や豊島が有名だろう。今年、2019年はあいちトリエンナーレと瀬戸内国際芸術祭が開催される3年に1度のアートの年である。
瀬戸内国際芸術祭2019は、「ふれあう春」「あつまる夏」「ひろがる秋」の3期にわたって開催される予定であり、つい先日5/26に春季が閉幕した。私もゴールデンウィークの長期休みに訪問してきたので、特に印象に残った「犬島」について紹介したい。
犬島は、瀬戸内海の岡山県南部に浮かぶ小島で、人口はわずか50人程。本土とは数kmしか離れていないものの、橋はなく、航路の便も多くないため、直島や豊島と比べてアクセスのやや不便な島である。ただ、小さな島に多くの作品が展示されているため、歩いて観光するのにちょうどよい島でもある。
犬島最大の見どころは、なんといっても犬島精練所美術館とその周りの遺構の数々である。
1909年より犬島では製錬所が開設され、岡山県の帯江鉱山から産出する銅の製錬を行っていた。最盛期は2,000人を超える従業員がおり、周辺も歓楽街として栄えたが、第一次世界大戦後の銅価格の暴落により1919年に操業停止となった。操業期間約10年という短い期間であったが、近代化に向けて大規模に行われたその事業は、煙害を引き起こし島に多大な影響を与えた。
その後、長らく廃墟となっていたところ、1995年に現代アーティストの柳幸典氏により「犬島プロジェクト」が立ち上げられ、負の遺産を抱えた島を自然エネルギーを使って再生させることをコンセプトとした活動が始まった。設計士として三分一博志氏が選出され、犬島の環境と製錬所の機能と特徴を生かした設計のもと、2008年に犬島精練所美術館が開館した。
直島の地中美術館や李禹煥美術館(どちらも安藤忠雄設計)がそうであるように、犬島精練所美術館も特定の作家(柳幸典)の作品を恒久展示する美術館であり、作品と一体となる空間設計がされている。中央に立つ煙突の効果により館内に空気の流れを生み、建物全体に空調システムの役割を持たせている。夏はアースギャラリー(入口のひんやりした通路)から、冬はサンギャラリー(出口の暖かい空間)から空気を取り込むことで年中快適な温度が保たれる仕組みである。
アースギャラリーは冷却効果があると同時に、アートの鑑賞空間でもある。轟く風の音を聞きながら、背後に太陽を背負い、正面にあいた明るい窓に向かって進む。初見では光に吸い込まれて暗闇から脱出するような感覚を覚えたが、後から作品名が「イカロス・セル」であることを知り、あれは下界におちていく感覚だったのかもしれないと思い返している。
この空間演出にはある仕掛けがあるが、私が現地で最も驚いたところなので、ぜひ事前情報なしで鑑賞してほしい。
かつて収入や公害をもたらしながら人と密接な関係を持っていた産業が、遺構となって残され日常生活から切り離されてしまった様子に、物寂しさを感じて心惹かれる人は多いと思う。現在犬島にはのどかな生活があり、近代化遺産があり、自然と調和する美術館がある。それらがお互いの存在を強調し合いながら共存するこの島は、小さいながら魅力の詰まった島である。ぜひ訪れてほしいスポットである。