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ストック・シェアリングと新しいコミュニティ形成
先般「ストック・シェアリング-蓄積された地域価値の再編による新しいコミュニティづくり-」(風媒社)が出版され、すでに店頭に並んでいる。私自身は編集責任者兼著者としてかかわっている。1冊売れたことは本屋で確認している。
■ストック・シェアリングを打ち出す理由
もともとは、私立大学において「研究」を通じて大学ブランドを確立するために、文科省が資金的支援を行う制度があり、その競争的資金を獲得したことが契機である。そしてその「研究」テーマに「ストック・シェアリング」を据えた。
名古屋学院大学は2007年に熱田に移転した、都心回帰第一号の大学である。以降、地域と関わりのある活動を積極的に展開してきた。熱田には大規模な会議場や庭園・公園、河川のような公共施設(空間)、熱田神宮や古墳をはじめとした歴史(時間)、本学を始め多様な企業の人材(人間)が豊富にある。それら空間・時間・人間のストック(蓄積)を生かして、マネジメントを通じてシェアリング(共有)することで、地域の課題を解決しようというものである。そこに新世代型のコミュニティ像を明らかにするとともに、地域価値を編集できる力(マネジメント力)をもった大学ブランドの確立しようというものである。
現実系コミュニティであれ、情報系コミュニティであれ、蓄積(ストック)された資産を交換したり、共有化したりすることをストック・シェアリングと呼び、それらを通じて、人々が活動、交流し、安寧を得、創造する場である新コミュニティを形成を図ることを目的としている。なお、「ストック・シェアリング」という用語は本テーマに合わせた造語である。
■ストック・シェアリングのイメージ
本年の夏に開催されたパリのオリンピックをイメージすると分かりやすい。パリ・オリンピックは、今まで以上に環境に配慮した大会であり、会場面では全体の95%が既存インフラを活用し、地元住民が必要とする施設のみ建設するという運営を行った。競技施設は、パリにある従来のスポーツ施設だけでなく、有名なモニュメントやランドマークが会場として使用され、マラソンコースも歴史的名所を巡った。
例えば、1900年の万国博覧会のために建設されたグラン・パレはフェンシング会場として、高さ23mのモニュメント・ルクソール神殿のオベリスクのあるコンコルド広場はブレイキンやスケートボード会場として、1682年にルイ14世が建てたヴェルサイユ宮殿の庭園は近代五種と馬術の会場として活用されている。
すなわち、空間のストック(施設)、時間のストック(歴史)、ボランティアのストック(人材)を活かしたオリンピックイベントはストック・シェアリングを体現したものであり、このような展開をコミュニティレベルで取り込もうというものである。
参考:https://mag.tecture.jp/feature/20240708-paris-2024-olympic-1/
■ストック・シェアリングに社会が取り組まざるを得ない背景
第一は環境的条件からの活動制約である。限られた地球資源というストックを、環境負荷的上限を超えないように資源循環させたり、シェアリング等を通じて再分配したりすることが求められている時代だからだ。
第二は供給(フロー)から蓄積(ストック)への転換である。スクラップ&ビルドされる供給促進時代から供給された諸施設の物理的社会的な耐用年数を延ばし、環境負荷や財源負担の低減が求められる蓄積活用の時代だからだ。
第三は所有概念が変化し、所有と利用の分離が進んでいることだ。従来の強権を前提とした「所有」による「利用」から、「所有」と「利用」の分離による、シェアリング等の経済合理的な価値の増加をめざす時代になっている。
■ストック・シェアリングへの3つの視点
①減価償却型社会から増価蓄積型社会へ
時間経過とともに価値が低下する「減価償却型」から、使いこなせば使いこなすほど価値が増加していく「増価蓄積型」を求める新しい価値観が登場している。今ある蓄積されたモノの「所有の価値」を、シェアリングすることで「利用の価値」に転化して高めてこそ、増価蓄積を実現していくことができる。地域に蓄積されたストックを増価させ、再編集し、シェアリングすることで、生活を豊かにしていく様式はSDGsとの相性が良い。
②コミュニティの重要性
国家と市場経済との関連性のなかで、コミュニティを再生することが、それら三本の支柱が均衡し、そうすることで社会的繁栄を得、民主主義社会を守っていくことができる。デジタルなコミュニティでは原則ストックに制限がないので、その情報量は膨大になり、そのシェアリングを通じて、新たな価値を創造することが容易となる。
③コモンズとシェアリングとコミュニティの関係性
コモンズもシェアリングも資源や情報を「共有」し、効率的合理的な利用や社会的利益の最大化を図ろうとする共通の行動をとり、さらに双方とも参加者間の協力や共同行動が求められる。そして、「交換」(対価)に焦点をあてればシェアリング・エコノミーとなり、「共 有」(共益)に焦点をあてればコモンズとなり、「蓄積」(場所)に焦点をあてればコミュニティになる。蓄積された資産はシェアリング・エコノミーであればマッチングのマネジメントを、コモンズであればエリアのマネジメントを必要とする。
■ストック・シェアリングを展開するための条件
①ストックの視点
ストックの負債化への対応と資産化への転化が必要である。物理的なものは劣化し、負債化するのが一般的であるが、機能を転換して資産化することが求められている。例えば、空き家の増加は負債化であるが、そこに新しい機能を導入することで資産化する。高齢化は一般的には負債化であるが、その経験や知恵を活用することで資産化できる。つまり、良質なストックにむけた不断のメンテナンスとマネジメントが前提となる。つまり、ストックの量拡大と質拡充の視点が欠かせない。
②シェアリングの視点
コモンズはシェアリングを前提とした公共財であり、住民生活の水準を高めるためには、コモンズの領域を拡大していく必要がある。例えば、ドイツにはオープンライブラリー3,300余が路上等に設置され、誰もがその本棚に書籍を持ち寄り、誰もが書棚から書籍を持ち帰ることができる仕組みがあるのだが、誰かが悪意を持って書籍を持ち帰り、古本屋に売る人がいれば、これは成立しない。つまり、市民自身のモラルの信頼性やシェアリング主体の社会的信頼性が担保されなければならない。
③プラットフォームの必要性
シェアリングにむけたマッチング(連携)の基盤とするためのプラットフォームと信頼を担保するためのプラットフォームの設置が必要であり、それがないとストック・シェアリングは機能しない。
その構成員は住民(団体)、各種団体、民間企業や行政が中心になる。行政は信頼性が高いので、呼びかけにはうってつけだが、平等性や公正性を前提とした行動様式になるので限界がある。民間企業等が中心とならざるを得ないが、大学が構成員に入っていると動き方が異なる。つまり、地域編集力を持つ大学が、ストック・シェアリングに関わる地域関係者が集うプラットフォームの運営にかかわることによって、大学の空間的資源と人材的資源を活用した、地域バランサー、地域モチベーター、地域クリエーターという3つの役割の発揮することが期待できるのである。