住まいまちづくりコラム

Columun

国破れて地名あり

 

 「二ツ杁(ふたついり)」「杁ヶ池(いりがいけ)」「杁中(いりなか)」


 「杁」の字は、主に尾張地方の地名に使われる漢字であり、方言漢字や地域文字と呼ばれる。お隣の三河地方には「大圦(おおいり)」、「圦ノ下(いりのした)」など、土偏の「圦」を用いた地名が点在する。白須大地氏の論文「愛知県の地域文字『杁』『圦』について」によると、木偏の「杁」を使う町名・字名は尾張地方に58か所、土偏の「圦」を用いる町名・字名は三河地方に19か所存在するらしい。「杁」を使う地名は岐阜県内にもわずかに存在するようだが、いずれにせよこの地域だけで使われる漢字である。


 そもそも「イリ」とは何か。広辞苑第四版には見出しに「圦」の字を用い、「土手の下などに樋を埋めて、水の出入りを調節するもの。水門。」とある。想像しづらいと思われるので、下記のリンクから朝日新聞の記事をぜひご覧いただきたい。前述の研究によると「杁」も「圦」も意味は同じだそうだ。諸説あるが、水を引き入れるための機構であるから「イリ」と呼ばれ、尾張で「杁」という漢字が生まれたという。この字は江戸時代初期に使用された記録が残っている。遅れて「圦」の字ができたが、こちらの方が公式の文書に多用されたため辞書にも載るようになった。幕府は「圦」に統一するよう申し渡しをしたが、人々に浸透していた「杁」は置き換わらなかった…という具合らしい。濃尾用水など、江戸時代から用水整備が進んでいた尾張では伝統的に使われた「杁」を、対して明治以降に整備が進んだ三河では正式な文字として「圦」を使ったのではないかと言われている。


 合併や町名変更に伴い、古くからの地名は減少傾向にある。「杁」や「圦」の付く地名も明治初期には愛知県内に130以上あったそうだが、先述の通り、合わせて80か所程度になってしまった。先人が名付けた理由や、その背景を考えてみると少々悲しくも感じてしまう。
昔からの地名は、私たちが生きる時代と遥か遠くの過去を、「土地」という変わらぬ空間を通して繋ぐキーワードだ。普段あまり深く考えることはないが、地名に注目して都市や地域を眺めるというのも乙なものである。もう少し涼しくなったら、地名と歴史に思いを馳せながらまち歩きに出かけたいと思う。

 

参考リンク
『「杁」←この字読めたら愛知県民? でも意味は…』(朝日新聞デジタル2011年7月4日配信)

http://www.asahi.com/special/080804/NGY201107040009.html
白須大地,2017,『愛知県の地域文字「杁」「圦」について』
http://www.for.aichi-pu.ac.jp/museum/pdf13/shirasu171.pdf

(2019.8.15/西田龍人)

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