対談「自分の物語が見つかる本屋さん」

菊地敬一さん(ヴィレッジ・ヴァンガード代表取締役)× 井澤知旦

本屋もまちも「自然発生的」がいい

井澤  私は緑区に住んでいるんですが、ヴィレッジ・ヴァンガード2号店は結構家から近いんですよ。初めて知ったんですが、高校生の娘がよく行ってるらしいんです。私もその2号店と、それから、植田の本店、長久手のEast店を覗きに行ってきました。どこの店も、我々の年代には「懐かしさ」を感じさせますね。何というか、昔の駄菓子屋さんのようなイメージ。駄菓子屋さんって、子供にとっては「何でもあり」の世界で、ちょっと大袈裟に言えば、小宇宙がざーっと広がっているようなところですよね。或いは別の例えで言うと、路地沿いに小さなお菓子屋さんやまち工場なんかが並んでいて、いろんなところを覗きまわって歩くような…そんな印象を受けたんです。店の名前は「ヴィレッジ」だから村なんだけど、どちらかというと「タウン」という雰囲気を感じましたね。ヴィレッジ・ヴァンガード(以下V・V)のコンセプトを考える時に、そういうことは意識されたんですか?

菊地  店のコンセプトを表すキーワードのひとつは、「ノスタルジー」です。音楽で言うと、古いジャズとか、オールディーズで、演出効果をあげるためにそういう音楽を店でかけたりもします。グッズなら、昔の懐かしい、アメリカのものを置いたり、雑誌だとカーグラフィックのバックナンバーを並べたり。 置き方でも、整然と並べるんじゃなくて、直接地べたに置いたりすることが多いですね。でも、今V・Vでやってるような異空間的な商品の並べ方は、別に会議を開いて決めたというわけじゃないんです。僕と女房が2人で店をはじめて、その時客で来ていた人がアルバイトになって、そのうち社員になって、という風に今まで来てるんですが、その中で自然と伝承されてきたやり方なんですよ、いわば、自然発生的な。自然発生的にできたものって、計画されてできたものよりも楽しいですよね。よく、スーパーマーケットでやっているような、明るくきれいで整然としたプレゼンテーションは、もうみんなつまらないと思ってますから。宝物を掘り当てる楽しさがない。

井澤  私は、都市計画とか建築を仕事にしているんですが、お話を伺っていると、我々の仕事との共通項がたくさんあるなと感じますね。計画的に造られたまちよりも、自然発生的なまちの方が、人間って魅力を感じるものです。計画的には創り出せない魅力があるから。さっき言われた、「宝物を掘り当てる楽しさ」っていうのもまちの魅力です。そういえば、入り口がロフトになっているEast店は、ロフトから店内を見下ろしていると、まるで丘からまちを一望しているような楽しさがありますよね。まち全体をどこかで一望できるっていうのは、住民が愛着を感じる要素のひとつなんですよ。

菊地  自然発生的なまちとは対称的な、どぶの臭いの全くない、あまりにも清潔すぎるまちってつまらないですよね。

井澤  そういえば商品の選びかたにしても、V・Vの商品は、「大人のおもちゃ」みたいなものとか、本でもグッズでも結構きわどいものが多いですね。

菊地  ええ。僕は本当はソフィスティケートされたものが好きなんですけどね、それじゃ商売にならないですよ。V・Vでも、中心にあるのは洗練されたものばかり集めた「ミュージアムショップ」で、さらに、サブカルチャーとか、ノスタルジーとか、おしゃれとか、いくつかのキーワードで表現されるV・Vのテイストがコアになってる。だけど、その周辺に「気持ちの悪いもの」って絶対に必要です。ある種の「ダサさ」が商売には必要で、その方が面白くなる。洗練されたものと気持ち悪いものの線の引き方が、うちのノウハウなんです。だけどそれは、口では言えない。体感しないと絶対わからないんですよ。それは、僕と社員とアルバイトの頭の中にしかないから、コピーができない。

井澤  都市でも、清潔すぎて全部消毒されてるような印象を受けるところってありますが、実際まちには、汚いものも危ないものも必ずいっぱいあるわけですよ。そういうものをすべて消してしまうのではなく、見せながら、歩く人も多少危険を感じながら歩いた方がわくわくしますよね。おそらく店も、同じなんでしょうね。

 ところでV・Vでは、客が本やグッズに埋もれた道を歩きながら、自分で物語をつくってゆけるよさがあると感じたんですが、物語性ということは意識していらっしゃるんですか。

菊地  ストーリーづくりは必ずしますよ。例えば、村上春樹の本の隣に、白人ジャズプレーヤーのCDを並べる。本来、黒人のものであるジャズを白人が演奏するということの屈折が、ジャズの演奏にも現れていて、村上春樹はそれを愛しているんです。彼の本を買った人が後でそのプレゼンテーションに気づくと、それはものすごい信頼となって返ってきます。ストーリー性のある並べ方が、お客さんの目にも刺激的に映るし、「じゃあ、これも買っていこうか」ということになる。お客さんがうちの店を歩いていると、「ここは俺のためにつくった棚だ!」と思う瞬間があると思うんです。店とお客さんが一対一になる瞬間がね。だから、買う時によく、「ありがとう」って、言われるんですよ。もちろん、全員じゃないですけどね。

 僕は若い頃、本屋に入って品揃えがどうとか思ったことはないんですけど、昔の本屋さんは本好きがやっているという風情がありましたよ。けど、今の本屋にはそれが感じられない。何が売りたいのかよくわからない。僕は、そういう本屋にはなりたくないんです。お客さんが、「ここの本屋のオーナーは、こういうものが好きなんだ」と感じられるような演出をしたい。実際、好きなものを売ってるんですけどね(笑)。そういうことがお客さんの共感を呼んで、他の店の前を通り過ぎてうちにきてくれるようなリピーターになってくれるんですよ。期せずして、そうなってるんですけど。

 

古いビルを丸ごと使って「エイジ・ショップ」をつくりたい     

井澤  PAPA店などは、ちょっと上の年齢層をターゲットにしているようですが、これからのV・Vの展開は、若者だけでなく、色々な年齢層に分化させていくんですか?

菊地  店と客が一緒に年とっていくっていうのは無理ですね。学生時代にうちの店に来ていた人も、三十歳になったら家族のために、車もオープンカーからカローラに乗り換える。そういう人は、もううちの店には来てくれないですよ。だから、これからも若い人をターゲットにしていこうと思っています。よく、「年とってくると、若い人の気持ちなんてわからないんじゃないですか?」って聞かれるんですけど、それはプロですからわかります。これから若い人は減っていきますが、マーケットがなくなるというわけではない。頑張れば、_「勝ち組」に残れるんです。

井澤  これから若い人は確実に減っていきますからね。しかし、最近は晩婚化が進んできていて、夢を頭の中で描いてストーリーに自分を投影できる期間というのが長くなってきてます。だから、今までレコードを買う層というのは二十代前半くらいまでだったのが、近頃は三十代後半くらいまでに広がっているという話があります。

 ところで、徹底して女性向けのV・Vなども考えていますか?

菊地  V・Vレディースなどのバージョンも、将来は必要でしょうね。それから、V・Vシルバーとか(笑)。僕は、東京のある有名な本屋に行ってそこのプレゼンテーションに失望したんです。そこはあまりワンフロアーが広くないビルになってるんですけど、僕ならそこで、「エイジ・ショップ」を開きますよ。一階を十代のフロアー、二階を二十代のフロアーとか。六階の六十代のフロアーには、人気の山歩きの本や五万分の一地図をきちっと並べたりね。二十代のフロアーに五十代のおじさんがいて、若い子と一緒になって探していたっていい。税金をたくさん払えるようになったら、ぼろぼろになったビルでやりたいですねー(笑)。

 堺屋太一も言ってるけど、年寄りっていうのは純粋に一〇〇%消費だけをする世代なんですよね。これからそんな世代がすごいマスで現れるわけですから、彼らの財布をどうやって開けさせるかが重要。それはまさに、団塊の世代である僕らのことなんだけど、僕らが年寄りになれば、歴史が繰り返すように、今までのような年寄りになるのかもしれないし、でも、僕らはそうならないんじゃないかっていう気がしますね。年寄りになっても、ジーパンはいて、ビートルズ聴いてるんじゃないかって。

井澤  音楽っていうのは、昔を想い出す一番の小道具ですね。

菊地  音楽と、それから、匂い。匂いで、瞬間的にワープしますね。ある匂いをかぐと少年時代を思い出すとかね。

 

V・Vには時間が刻み込まれた建築がよく似合う    

井澤  ところで、地方の商店街は空き店舗対策などが深刻で、今盛り上げるのに必死です。国をあげての応援が必要ということで、「中心市街地活性化法」などという法律もできました。商店街の空き店舗を使って、面白い店を展開しているところも出てきているようですが、商店街の中に店を開くことについては、どう思われますか?

菊地  地方都市の商店街は空洞化が起こっていて、若い人が来ないので、出店は考えていません。マーケットが小さすぎる。でも、郊外よりも街中の方が絶対楽しいところだと思ってます。街のざわめきとかね。だから、これからは逆に街中の時代なんじゃないかと思います。今、郊外にどんどんモールができてますが、ああいったものよりも、駄目になったビルを活性化した方が手っ取り早いのではないかと思うんです。

 まちを活性化させるためには、局部的に絆創膏を貼ったってだめ。まち全体をデザインする人がいないと。

井澤  V・Vと組み合わせるといい、テナントのイメージってどんなものですか?

菊地  洒落た洋服のセレクトショップとか、レコード屋さん、若者向けのスポーツショップ、アウトドアショップ、生活雑貨屋などとだったら、テナントミックスはばっちりですね。これだけ揃えば、もうそのビルは成功です。新潟にあるぼろぼろのビルで、このようなテナントミックスを行ったんですが、なかなかいい調子です。

井澤  出店にあたって、地域のマーケティングは基本的にしない、ということですが。

菊地  一般的な市場調査というのは、リピーターを無視した調査ですよね。僕らの店はリピーターで持っているようなもので、リピーターというのは、計算できないものですから。市場調査でやってるような、通りの通行量がどのくらいあって、うち何人がビルに入って、何人が二階まで上がるかというのは、机上でできる調査ですからね。

井澤  出店してみたいと思わせるまちってありますか?

菊地  下北沢がそうでしたね。サブカルチャーのメッカですから。それから吉祥寺とか、三軒茶屋。名古屋で言うと、藤が丘の駅かな。でも、名古屋のまちって、東京みたいに性格のはっきりした場所ってないんですよね。

 最初に出店したのは名古屋の植田だったんですけど、当初は貧乏だったのであそこしか選べなかったんです。もうひとつ候補地があったんですけど、そっちに出していたら今の僕はなかったですね。人間の運、不運って、本当にちょっとしたことから来てるんですよね。植田は、名城大学が近かったのがよかったし、駐車場は2台分しかないけど、遠くから来てもらえる店にしようと、とてもマニアックに仕立てたんです。

井澤  私の知っているところで、ある老舗の蔵付き工場があるんですが、高齢化しており、新たに借金して設備投資する気はなく、その資産を何とか有効活用したいと模索中のようです。そういった、歴史のある、時間が刻み込まれたような建物を使ってのV・Vの展開って意外と合うんじゃないですか。

菊地  合うと思いますよ。僕は古いものが好きなんです。窓ガラスに格子がかかっているような。だから、昔から、蔵とか、土蔵でやりたかったんです。建物は非常に重要ですから。でも、なかなかいい場所がないんですよ。神戸の酒蔵をリニューアルしてやろうかっていう話があるんですが、改装するのに、新築する位のお金がかかっちゃうんですよ。そういう難しさはありますね。

 

年をとると「地の人間」になってくる

井澤  今日のお話は、まちづくりのヒントにもなるし、人間、何で遊べるか、何に魅力を感じるのか、ということは、まちでも店づくりでも、共通しているところが多分にあるな、と感じましたね。

菊地  くつろぎっていうのは、清潔なところに芝生が植えてあればいいのかって言うと、そうじゃないと思う。やっぱり猥雑さがあって…。うちの店は、見た感じくつろげるようには見えないけど、お客さんからは「くつろげる」って言われますね。都市空間のひとつとして、こういう汚いところもあって、きれいなところもあって、混ざり合ったカオスみたいなものが、ある種のくつろぎを生むんでしょう。

井澤  名古屋は、大阪などに比べるとあまり猥雑な空間って多くないですね。私の持論なんですが、ある地域が田舎か都会かということを判断するのに、その場所がどれほど人間をはかるものさしを豊かに持っているかということがあると思うんです。田舎ほど、ひとつのものさしで人を見ようとする。子供を見る時なら、偏差値とか。私が十九歳までいた大阪では、偏差値の他に必ずもう一本ものさしがあって、それは、「面白いか、面白くないか」っていうこと。勉強できる奴は、それで評価されるし、できない奴も、面白ければそれ以上に評価される。いろんなものさしのある地域ほど、落ちこぼれは生まれにくくて、住んでる人は生き生き生活できるんです。これから、どのくらい色々なものさしをつくっていけるかが、まちの魅力にもつながってくると思います。これから名古屋も変わっていかざるをえないでしょう。

菊地  僕は名古屋に住んでみて、とても住みやすいところだと感じています。推論なんですが、若いうちはどこに住んでいても同じだけど、年をとってくると地の人間になってくるということがあるんじゃないでしょうか。名古屋人とか東京人とか。

井澤  なるほど。そういえばあるかもしれませんね。

 ところで、V・Vは目標店舗数は五百店ということですが、目標年次はあるんですか?

菊地  あと十三年くらいで…。でも、早くやめたいんですけどね(笑)。やめたってやりたいこといっぱいありますし。聴きたいジャズは山ほどあるし、もういくらでもやりたいことがあるんです。女房と世界一周したっていいし。だから、店をやめたって全然困りません(笑)。

菊地敬一(きくち・けいいち)

北海道生まれ。出版社営業などを経て、1986年にヴィレッジ・ヴァンガード1号店を設立。著書に『ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を』(リブリオ出版)がある。

ヴィレッジ・ヴァンガード

本と雑貨を巧みに組み合わせ、若者をターゲットにした店づくりを行っている。キーワードはサブカルチャー、アコースティック、アンプラグド、アナログ、ネイチャー、サブカルチャー、アメリカンポップカルチャー、ノスタルジー、おしゃれ。13年前に1号店をオープンして以来、売り上げを着実に伸ばし、現在、全国に約50店舗を展開中。「将来は500店が目標」という。

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