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新年・信念・やりまんねん
  あけまして、おめでとうございます。
■新年の新聞やテレビ
  2010年元旦の新聞を見ても、目を惹くキャッチフレーズもなく、むしろ人口減少や介護、破たん回避や企業再生、デフレや減給、非正規社員や派遣村といった、ありふれたネガティブキーワードが並ぶ。正月三ケ日のテレビもお笑い番組花盛り(嫌いではないのだが)で、昼間はTVドラマの再放送や自社の番組宣伝ばかり。スポンサーがつかないのか、安上がり路線と番宣レピートまっしぐらであった。
■貧困ビジネス!?
  そんな中で、昨年末(12/29&30)に「『貧困ビジネス』 5億円の所得隠し 宿泊所業者ら告発へ 名古屋国税局」という記事が朝日新聞に掲載された。テレビでもときどき批判的に報道していたが、今回脱税という視点からメスを入れたことになった。つまり、約2千人の生活保護受給者から月平均12万円の保護費のうち約9万円を「無料低額宿泊所」の家賃や食費名目で受け取り、07年度には約20億円の売り上げがあったという。これらの運営者(3人)は07年度までの数年間で5億円の所得隠しがあったと名古屋国税局は判断したのである。「無料または低額」とあるが、実態は「高額低級」宿泊所になっているようだ。福祉の世界ではニッチな分野なのだが、「貧困」を「ビジネス」にするという、いずれの世も抜け道を探して儲ける人がいるものだと感心する反面、きちっと対応してきたNPO法人等にとっては、「不当な営利」をむさぼった団体と同じような目で見られ、迷惑
この上ない事例であろうとも思う。
■高齢者の区分と呼称
  最近老人の集まりに参加する機会をよく得るが、前期高齢者(65歳〜74歳)の方は「これからいかに生きるべきか」を語り、後期高齢者(75歳以上)は「いかに死ぬべきか」を語る傾向がある。2000年に75歳以上高齢者が1,000万人いたのが2025年には2,200万人に増加する。2,200万人が「いかに死ぬべきか」を語っていては、墓国日本になってしまう。
  平均寿命が男79歳、女86歳になった現在、生涯現役を通し、95歳を超えてようやく「いかに死ぬべきか」を語ろう。そうすると、前期・後期の区分は機械的すぎていけない。 65歳〜74歳を老人性蒙古斑が残るヤングオールド、75歳〜84歳をオールドオールド、85歳から89歳をスーパーオールド、90歳から94歳をプレミアムオールド、95歳以上をプレヤゴトと呼ぶことによって、ウィスキーのように時間とともに熟成するイメージが喚起される。そして高齢者、老人と呼ぶなかれ。そこにはなんら評価が含まれていない。「人生の師匠」と呼ぶことにしよう。
■地域の元気は老若男女の元気
  今から約40年近く前の話。小中高の同級生が大学生になり、空手部に入部した。日夜練習に励みクタクタになって帰宅する。それまでレッドツェッペリンやジミーヘンドリックスのようなヘビメタな音楽を聴いていたが、疲労困憊の時はとても重くて聴いていることができないという。何を聴いたか。心地よい演歌だった。聴くだけでエネルギーを消費する音楽があり、若者はそれを好む。大音響のなかで踊り狂うクラブ(ディスコ)は有り余るエネルギー発散の場なのである。体力が落ちるとうるさいだけである。つまり、「人生の師匠」の元気は「人生の師匠」の元気であって、若者の元気とは質が異なる。老若男女がバランスよく住んでこそ、「地域の元気」が担保される。それゆえ、子育て支援や共稼ぎ世帯支援を含め、地域の総合力が問われている。
■まちづくりエンターテーメントをやりまんねん
  死ぬまで安気に暮らせるまちづくりを推進していく必要がある。人々が元気になる仕掛けをまちづくりに組み込んでいかなければならない。「新たな公」の一翼を担うNPOも増え続けている。男は肩書欲しさにNPOを作り、「あーでもない、こーでもない」と議論するばかりで結果を出さないマイナスイメージを抱いていたが、最近はそうやって人々が元気になるなら、「あーでもない、こーでもない」もありではないか考えるようになった。議論が刺激を与えるという算段である。ハード(コンクリート)なまちづくりは予算がカットされそうで、地域総合力を高め、人と地域が元気になるまちづくり、すなわち「まちづくりエンターテーメント」が求められる時代になっているようだ。この「まちづくりエンターテーメント」を「やりまんねん」の信念で取り組んでいきたいものである。
(2010.1.6/井澤知旦)