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名古屋の白い建築

 「この道のはるか彼方の 雲流れる下に幸福がある ああ久屋大通りの花時計 花に残したきみの微笑み 白い街 白い街 名古屋の街」
昭和42年に発売された、石原裕次郎の「白い街」という歌である。あまりヒットしなかったようだが、これ以来、名古屋は白くて殺風景な街としてイメージされるようになってしまった。しかし時代はめぐり、最近の名古屋のまちを眺めてみると、現代的な表現手法として「白」を際立たせた建築が増えてきている。

 日本経済新聞社名古屋支社、東海テレビ新社屋、Lasky on the park、カッシーナなどがそれだ。いずれもここ2〜3年で栄周辺にできた現代的なデザインの建物である。

 建築の世界では20世紀初頭のモダニズムの時代に、「白」という色が脚光を浴びた。それまでの様式や材料に縛られること無く、新しく自由で普遍的な理念の象徴とされたのが「白」であった。緑の芝生に真っ白な四角い箱が浮かぶル・コルビュジェのサボア邸は、今見ても斬新である。

 最近は当時のモダンデザインがブームとなり、その影響で「白」が好まれる傾向はあると思うが、私は「白」という色が持つ喪失感に魅力を感じている。空間として想像すると「白」という色は死後の世界や、記憶や方向感覚を失った世界をイメージさせる。現代は大量の物と情報が溢れる時代である。そうした混沌とした現実世界への反発として、非現実的な何も無い世界へのあこがれがあるのではないだろうか。
 ともあれ、30年前は殺伐としたイメージを与えた「白」は、今、コンテンポラリーな建築には欠かせない色となって、新鮮は表情を我々に見せてくれる。 




(2004.2.5/堀内研自)