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洲本市「新都市ゾーン」とミュージアム「アルファビア」

スペーシア新人研修レポート(96.11)

推移   洲本市役所都市計画課新都市整備係長 上崎勝規さんへのヒアリングから

1.市民の悲願「湾岸道路」

 淡路唯一の商業都市、洲本市は4年前まで南北の道路が商店街を通り、関西への玄関洲本港への交通は著しく不便であった。港の西に横たわる鐘紡紡績工場は昭和30年までは4000人の労働者とその家族を養い、洲本のまちを賑わせていたが、昭和61年には電子工場1棟(図★)を残し閉鎖。煉瓦造りの倉庫群は市民の交通を妨げるのみとなっていた。

 関西新空港開港、本州四国連絡道路計画を控え、洲本市は洲本港へのアクセス強化を図り(新都市ゾーン整備構想)、湾岸道路と内港埋立を実現させた。市民悲願の湾岸道路の結果として2.5haの空地ができた。

2.3者の一致

 この空地の利用方法を考えるにあたって、やはり鐘紡の協力は不可欠であった。美しい煉瓦倉庫を活かし市民生活の充実と向上を図れないだろうか。平成4年には今年2期目の当選を果たした中川市長が、鐘紡に猛烈なアプローチを開始。そして40年間動かなかった鐘紡はようやく煉瓦工場3棟の再利用を承諾したのである。

 1棟は第3セクターで(図@)、1棟は鐘紡の企業博物館と市立図書館(A)に、残る1棟(B)は民間に任せる事となった。民間として手を挙げたのはヒロ・ヤマガタを逆輸入したことで名高い、(株)プロバであった。洲本市と鐘紡とプロバ、3者がタイミング良くそろい、新都市ゾーンの魅力造りが始まったのである。

煉瓦倉庫再利用第1弾 ミュージアムパーク・アルファビア

(株)アルファビア広報担当山田久美子さんへのヒアリングから

【概要】

 1995年11月25日オープン。7,778.55uの敷地に美術館1棟、レストラン1棟(新規建築)3200uの市民公園を配置。スタッフ:約30名(シルバー人材10名 障害者7名)

展示物 :ノーマンロックウェル展(世界に二つしかないPOST誌323点のコレクション)/J・トレンツ・リャド展

管理 :美術館とレストランは(株)アルファビアが経営し、市民公園は市の所有であるがアルファビアのスタッフが管理している。

制度 :一年間の会員証を発行している。(大人5000円・子供3000円)現在の会員数は600人(島内・島外半々)

【観光客にとってのアルファビア】

 洲本は温泉と東洋一の規模を誇るヨットハーバーを持ち夏の旅行地としてのイメージが強い。しかしアルファビアオープン以来確実に冬の観光客が増えている。(年間900万人)

【市民にとってのアルファビア】

 美術館、市民公園の両方で実に多くのイベントが行われている。この秋には教育委員会による薪能が行われ、淡路人形浄瑠璃のイベントも予定されている。見学当日、市民公園ではガーデニング教室が、ホールでは結婚式の準備が進んでいた。小さな集まりも大きな集まりも全てがここでは受け入れられている。

 大きな美術館にあるような大それた絵は一枚もないけれど、気軽な絵だからこそ、気軽にはずすこともできる。この夏は市民公園で小学生の写生大会が行われ、作品をホールに飾った。本格的な設備の中に飾られた自分の絵を見て、子供達はとても興奮したという。「市民の方々への浸透度はいまいちですが、時間をかけて進めていきたい。」と山田さん。

【私の見た淡路島】

 宿泊先で30名ほどの厳ついアメリカ人と出会った。洲本の北の津名町でアメリカ村を建設している大工さんの一行だった。公共の宿のスタッフは初めての外国人長期滞在に興奮、当惑気味であった。1998年の本州四国連絡道路開通(淡路島を縦貫する)を前に、「単なる橋桁になってたまるか」という島民の心意気を感じる。洲本市に現れた「おしゃれすぎる」美術館は市民の間で浮いてはいるが、新しい視点を市民に与えたのではないだろうか。

  (竹内 郁)